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手術前日、入院部屋にて

皆さんこんにちは。

一橋大学2年、クロカン部門の大山昊良こと、Big Mountain Skyです。(これ全然定着しない)長らくブログをさぼっていた自覚と、ブログに書かないのはもったいないほどの波瀾万丈な日常の出来事が相まって、やっとこさ筆を執らせていただきました。

早速書いていこ~~

 

まず、このブログをどこで書いているか、、、それは、、、

入院部屋で~~~す。いえい!ということで、僕は今、地元千葉の浦安の病院で入院しております。この土日でスキー部の仲間が白馬でタイムレースとやらをして必死に汗を流している中、自分は先ほどまでベッドの上で、昼食のスープの中に入っていたぶっっっっっといしめじと格闘していました。

結果は、途中何度食べてもなくならないしめじの波状攻撃を前に降伏もよぎりましたが、満20歳の成人男性が入院食を残すのはさすがに恥ずべき行為であると思い、左の奥歯に頼りながらなんとか勝利(完食)を収めました。これ、Throbタイムレースを完走するのとリアルでおなじくらいエネルギー消費しました。なので皆さん、許してください。

 

開始早々脱線しちゃった~。ブログって何を書くのが正解なんですかね?自分はいつも何も決めずに徒然なるままに書いていくので後から見返すとひどい出来になりがちです。今度からは書き始める前にしっかりと、アウトラインをフィックスして、書いていこうと思います。(笑)

 

てな感じで、こっからはさすがに本題に入ろうと思いますが、本題が何かわからないのでとにかく書いていきます。

まず、「なんで入院してるの?」ってことについてです。この場をお借りして、改めて説明しようと思います。結論、断裂した靭帯の縫合手術を行うためです。

 

「え????靭帯断裂???お前クロカンだよね???どゆこと」

 

そう思われた方、あなたは正しい感性の持ち主です。僕も最初医者から聞いたときそう思いました。原因は遡ること9月初旬のThrob秋合宿。最終日にスノーハープでタイムレースがあったのを覚えていますでしょうか?自分は初級コース的なものに参加したのですが、5周しなければならないレースの一周目、実は自分、下り坂で盛大にこけました。そこで右手をついた際、やってしまったっぽいです。その時はアドレナリンが出てたこともあり、確かに痛みはあったのですがレース中に応援してくださっていた先輩たちに「手痛いです!!」とか言ってみたところ、心先輩の「喋っている暇あったら進め!!」という歓声もありなんとか完走しました。合宿後、親指の痛みが引かなかったのですぐに外科を受診したところ、「剥離骨折、全治三週間だね」といわれました。自分は、「強制ノンポールじゃん!!ちょうどいいや」くらいに感じて、そこから9月は死ぬほどノンポールしてました。10月になり、完治予定を過ぎてもまだ痛みがあることに違和感をおぼえ、外科に再診したところ、医者が急に怖いことを言い始めました。

 

「レントゲンで見たところ、骨折の影はもうない。まだ痛いということなら、ほかの可能性を見ることになる。例えば靭帯とかね。」

 

さすがの自分もこの時ばかりは動揺が隠せませんでした。前はそんな話してなかったじゃん。ただの剝離骨折っていったよね?MRIってなにそれ美味しいの??全治は最低でも2ヶ月以上!?。「手術を強くお勧めします。」だと。。。

自分の中で様々な感情が一斉に湧き出したのがわかったし、ケガをしたことある選手なら誰しもが味わう感覚なんだろうな、と今になったら思えます。

その病院にはMRIがなかったので日を改めて、MRIの予約だけしてその日は帰りました。自分的には、「まだ決まったわけじゃないし、落ち込まないようにしよう」って思ってましたが、傍から見ればおそらく、かなり下向きながら歩いていたと思います。MRIまでの期間中も、ローラーはしました。あとになって思えば靭帯の可能性を認めるのが怖い自分がいたんだと思います。こういう子供くさいところはそろそろ直していきたいです。

迎えたMRIの日。皆さんMRI検査したことありますか?自分は2度目なのですが一回目の記憶が何もなかったので初めての気持ちで少し緊張していました。ヘッドホンをさせられてベッドに横たわり、でかい筒状の機械にぶち込まれて、40分間放置です。それも騒音付き。拷問か何かか?と最初は思っていましたが、気づいたら終わっていました。快眠してしまったようです。結構気持ちいっすよ。MRI。検査結果をもらい、午後にまた例の外科のとこへもっていきました。外科の待合室というのは平均年齢が60歳ぐらいで、ただでさえ孤独感に苛まれます。それに加え、あと少しで最悪の宣告をくらうかもしれないと考えると、待合室のあの空間は大学入試の合格発表を待つあの時間に似ていました。

「大山さーーん」と呼ばれ、診察室に入ると、神妙な面持ちをした髪一本ない医者が結果を伝えてくれました。“右手の親指の尺側靭帯損傷” 僕の場合は断裂でした。

上手く反応ができなかったし、何て言ったかもあまり覚えていません。しかし驚いたことがありました。「かといって、悲嘆に暮れている暇はない」と考えてすぐに前を向こうとしている自分も確かにいたのです。自分は頑張ってそっちの自分を前面に出し、セカンドオピニオンの意も込めてすぐに紹介状を、地元の大病院宛てに書いてもらいました。それが、今僕がいるこの病院です。

その後は一度地元に帰り、改めて信頼できる先生からも手術を勧められたうえで手術が確定しました。「全身麻酔か部分麻酔どっちがいい?」と聞かれた際、とっさに自分は「早くスキーができるほうで!!!」と答えてしまいました。本当はそういうことじゃなかったかもしれませんが、この怪我をしてからの通院中、いつも自分の頭の中にある思いはそれだけでした。ここまで来たら曲げたくなかったし、周りの以前手術をした友達からは部分麻酔を強く勧められていたけど、それでも結果的に手術を早く行える全身麻酔に決めました。

 

骨折と重なってしまったこともあって、ケガをしてから靭帯断裂に気づくまでにはかなり時間がかかってしまいましたが、発覚から手術までは異様な速度でこぎつけたと思います。今まで何を計画するにしろ、予約するにしろ面倒くさがっていた自分が、一日でも早く手術を切望していることに気づいて、少しびっくりしました。それくらいスキーが楽しくて、雪が待ちきれないんだと思います。自分にクロカンの楽しさ、スキーのすばらしさを教えてくれた先輩や同期には、一生感謝してもしきれません。

美瑛の予定も大幅キャンセルになりました。この冬へのモチベが恐ろしいくらい高かった僕は、もともと美瑛も最長の11月28日~12月20日まで滞在する予定でした。そこで誰よりも雪の上で滑って、十大戦を良い形で迎えよう、と考えていた僕のプランは音もなく崩れ落ち、今では十大戦になんとか間に合わせるのが目標になってしまいました。

余談ですが、予約していた飛行機もキャンセルになり2万円以上失ったことが、手が痛くてバイトもろくにできない金欠学生にとっては地味に痛かったです。

 

タイムレースで無理しなければよかったな。

ギプスもっとしっかりつけていればな。

もう少し早く異変に気付いていればな。

 

数え始めれば後悔は無限に生まれてくるし、人間弱いのでその渦に引きずり込まれそうになることもあります。でも、僕は今を生きているわけです。

「過去は変えられない。それでも、過去が持つ意味は変えられる。」最近よく耳にするありきたりな言葉ですが、本当にその通りだと思います。大学一年生でノンサーとなった過去。スキー部に二年生から入った過去。クロスカントリー部門に決めた過去。前半ローラーめちゃくちゃさぼった過去。合宿でけがをしてしまった過去。ノンポールで死ぬほど練習した9月。靭帯断裂だと告げられた10月。どれも過去の自分がした選択だし、そのおかげで今の僕がいます。誇らしいことです。この過去の自分を肯定してあげるためにも、僕は腐らず、復帰に向けてできることをコツコツしていこうと思います。

明日になれば僕はしばらく、ローラーに乗ることはできなくなると思います。だから本当は今日ローラーしてから入院すればよかったとまた後悔しています。それくらい、気付いたらクロカン馬鹿になっていました。まだ本当のクロカンしたことないのに(笑)。

明日の手術に関しては、怖さよりも自分の体が治るワクワクの方が勝っているのでもし仮に僕のこと心配してくれる方がいたら、「ありがとうございます。大丈夫です。」と言っておきます。

 

最後に

非常に叙情的な文章になってしまったこと、お詫び申し上げます。病院のベッドで書いているということもあって、少し浸ってしまいました。ご容赦ください。普段のバリバリ元気な僕なら、たぶん、キモってなると思います。では、手術頑張ります!!

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